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風薫る



camera: LOMO LC-A film: Konicaminolta centuriasuper 100

あっという間にひと月。
緑まぶしい季節になりました。

(タイトルとまったくイメージ違いの写真ですが;)






おかげさまで父が退院しました。
やはり家に父がいるというのは
どことなく安心でキモチがやすらぎます。

前回更新した直後に合併症が起きてしまって
予定より入院が長引きましたが
その後も順調に回復してくれて
今は家でリハビリの毎日。
きっちり6時間おきの食事、一時間の散歩、お風呂上がりの筋トレ。
相変わらず規則正しくストイックに過ごしています。

合併症が起きたときは
あれだけ表情にも言葉にも出さない父が
ベッドの上であぶら汗を出しながらもがき苦しんだと
仕事で帰れなかった私に妹が話してくれました。
数日後仕事を終えて駆けつけたときの父は
前回会った時とは別人のようで
そのようすはまるで
祖父が息を引き取るときの表情に似ていて
初めて見る父のそんな姿に
私はただただショックで立ち尽くしていました。
あとから、手術より何よりあのときが一番苦しかった、と父は言いました。

お医者さんや看護師さんたちの懸命な処置で
1週間後にはまた院内を散歩できるまでになり
私が最後に付き添いした日には、
帰り、点滴のお供を連れながら階段まで見送ってくれました。

父に見送られるのは、私の記憶の中で2度目のこと。
1度目は大学受験でひとり東京へ行ったとき。
地元以外の進学は許さないと最後まで受験に反対していた父が
突然出張があると言って来て会場近くの駅まで送ってくれたとき。
ふりかえると父が微笑みながら手を振っていて
父がそんなふうに笑うのを見たことがなかった私は
泣きながら会場へ向かったのでした。
そのときの父の記憶と重なって
階段を下りながらうれしくて涙がとまりませんでした。

今回の一連のできごとで
多くのことを学んだように思います。
きょうだいの一番上で、一番しっかりしなくちゃと思いながら
一番上だからこそ強い父しか知らない私は、誰よりへたれで。
しっかりした妹に頼ってばかりでした。
妹と持ちつ持たれつ両親をフォローする作業は
年が離れていてなかなか共通点のなかった私たちに深い絆をくれました。
正直、青春時代は父との折り合いはよい方ではなく
どちらかというといがみあっていたくらいの仲で
父と触れあった記憶はまったくなく。
今回何十年ぶりかに父の手をにぎり、
少し年老いた父の手の感触を知りました。

大切なものをたくさんたくさん教えてくれたできごと。
これからの時間を大切なものをちゃんと大切にして生きていかなくっちゃ。



写真は前回書いた病院近くの山の麓。
このときツバキとカタクリが花盛りでした。

0405Kncs100_011.jpg



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