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Spring Ephemeral



*degi


実家の辺りでは、かたくりの花が咲き始めました。

この花になじみの無い方も、片栗粉、という言葉はご存知かも。
片栗粉は、もともとはこの花の球根のでんぷんを使っていたのです。
(今はじゃがいもやさつまいものでんぷんが使われているものがほとんどですが)

かたくりErythronium japonicum Decne.は、
春を告げるスプリング・エフェメラルのひとつ。
スプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)とは、早春の短い期間に花を咲かせる春植物のこと。
雪国では雪解け直後の春先に地上に顔を出し花を咲かせます。
その花期は短く、その後は初夏までは葉が残りますが、
夏には葉も枯れ、あとはじっと地中で過ごします。
春の妖精、とも訳されるこの言葉は、その短い花期から、春の儚いもの、という意味があります。

儚いもの、と表現されると、少しかよわいイメージになるけれど、
一年のほとんどの期間を地中で過ごし、
雪解けとともに真っ先に、まだ芽吹き前の落葉樹林のあしもとで
一斉に花を咲かせる春植物の姿には、
むしろ生命力に溢れた力強さを感じます。

種が落ちてから地上に花を咲かせるまで、じつに8年近い歳月をかけ、
厳しい冬の寒さを幾度も乗り越えながら、その球根に栄養を蓄えて
かたくりはやがてこんなにも美しい花を咲かせるのです。




* * * *

4月になりました。
3月は今までの人生でいちばん長く感じたひと月だった気がします。
個人的にも考えさせられるできごともあって、
これまでの自分の生き方が試されている…そんなふうに感じたひと月でした。
人生の折り返し地点が近づいて、もうこれでほぼ完成したのかな、なんて思っていた
自分が今までの人生で積み上げ成り立たせてきた自分の枠組みを、
もしかしたら根底からつくりなおさなければならないのかもしれない、そんなことも感じたひと月。

* * * *

そして震災から3週間。

まだうまく言葉はまとめられずにいます。
本当に書いておきたい、頭と心のまんなかにあることは
なかなか言葉にならないので歯がゆいです。
時間の経過に押し流されないように
言葉の断片だけでも、何かとにかく残しておかなくては と焦りも出てきます。
せめて端っこにあるものからとにかくメモとして
これからの自分へのために記録しておこう…。
読む方には読みづらいと思いますがどうかお許しを。


* * * *

メモ

・3月中に、仙台の祖母のところへフェリーでの船旅を計画していた。昨年、三陸の海岸沿いと仙台からの船旅を楽しんだ両親から、改めて三陸の景色の美しさを聞いて、私も写真を撮りながら旅したいと思っていた。父の撮った写真やビデオで見せてもらったあの景色。今どうなっているのか…想像すると苦しくなる。

・こどもの頃。親戚はみな関東から東北に住んでいて、いとこなんかに会う機会はめったになかった。
数少ない、いとこたちと遊んだ夏休みの記憶。それはいつも三陸の海での海水浴だった。生まれて初めて泳ぎを教わったのも宮古の海。教えてくれたのは祖母だった。磯で貝を採ってみんなで煮て食べた。魚釣りもした。遊覧船でうみねこにパンをやった。あの海や泊まった旅館はどうなっただろう。。。
宮古のあたりにはたしか、かたくりの花の群生地がある。東北のかたくりが咲くのはきっと早くて今月後半あたりだろうか。今年も花は咲くだろうか。。。

・大学の長い夏休み。盛岡にあった祖父母の家に滞在し、その帰りは鈍行列車で三陸の海沿いを旅しながら帰った。途中で気仙沼の友人のところへも立ち寄った。親切だった市役所の人。友人が連れて行ってくれた、地元で人気の漁師料理のお店。ご飯がどこに入ってるのかさぐるのが大変なくらい、それはたくさんのウニが盛られたウニ丼。あんなにおいしいウニ丼は後にも先にも食べたことがない。港のすぐ脇にあったあのお店はどうなっただろう。今は連絡を取らなくなった友人はどうしているだろう。。。

・時間があれば被災地の様子をニュース等で食い入るように見続けている。
避難所の様子を目にするにつけ必ず思うこと。どの場所でも、こどもたちは「光」だ。避難所にいるこどもたちの姿を見るにつけ、こどもを持つ人にはどうかその光を大切に大切に育てあげてほしいと強く願う。残念ながら私はこどもを持つことのない人生になったけれど、その光のため、あるときは父親たちとともに必死に働き、あるときは母親たちとともに全力でその光を守ろう、と誓う。


・その他メモ
この3週間で心に残った&考えさせられた記事の記録(1)。

■石川直樹さんの日誌「For Everest
…今年、土門拳賞も受賞された写真家・石川直樹さん。震災直後から被災地に入られ救援活動をされていました。3月13日から20日までの日誌には震災についてや被災直後の現地からのレポートが掲載されています。
彼の撮る風景写真には、壮大な自然に対峙したときに感じる畏敬の思いが投影されている気がして、そこにある大きな自然の姿を決してフレームの中に無理矢理押し込めようとしていない…そんな切り取り方がとても好きです。

■立教新座中学校・高等学校
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ(校長からのメッセージ)
…震災後安全措置から卒業式が中止になった埼玉県にある立教新座高等学校。校長先生からのメッセージが掲載されています。子供にとって、こんな言葉を送ってくれる大人が身近にいるということは本当に幸せなことだと思うと同時に、自分も、子供たちにこんなメッセージを伝えられるような大人でありたい、と感じました。。。

■JKTS 「被災地へ医療スタッフとして行ってきました。…
…東京から災害対策支援医療チームの一員として陸前高田へ行かれた看護士さんの日記。
とても親しみやすい話し言葉、私たちに近い視点で分かりやすく語ってくれる、まるで非現実のような現地のすさまじい日々。でもこれが現実に起こっているできごと。
たくさんのことを伝えてくれて、いろいろなことを感じ、考えさせられましたが、日記の最後の章の言葉が印象的でした。

「本当に大変なのはこれからです。
 だんだんテレビやマスコミも震災のニュースが減っていき、
 みんなの脳裏から薄れていくに従って
 被災地の今後の課題や病人や悲しみは増えていくと思います。
 被災していない人たちが自分たちは明るく頑張ろうって
 元の生活にどんどんしていくのは良いことだけど
 3月11日のことは決して忘れてはいけないのです。」

3週間が経ち、徐々にマスコミやテレビで報道される時間も少なくなってきました。
でもこの後、まだまだ続く長期戦。
息切れしないように、忘れないように
時間の経過とともに鈍くなっていくであろう頭と心を蹴り続けて生きようと思います。

できることは少ないけれど、まずは今年一年、毎月一度、できる範囲の義援金を送る。それを自分の働く励みにもして行こう。

長い歳月をかけて花を咲かせるかたくりのように
どの町もきっとみんなの力で、前よりさらに住みよい町になって、きれいな花を咲かせるはずだから。


* * *


日本赤十字社 義援金受付はこちらから


* * *

追記
媒体ごとバラバラに表現してややこしかった今回の一連の震災の呼称。
4月1日になって政府が「東日本大震災」と呼ぶことを了解し
統一されることになったそうです。
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