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仙台

先週、仙台へ行ってきました。

120706sendai02.jpg

120706sendai03.jpg

仙台駅前の繁華街・一番町一番街商店街。
震災があったなんて信じられないくらい
とてもきれいで活気に溢れている(ように一見すると見えた)。
でも伯母に言わせると、観光客や団体旅行の人の姿が無くて以前の活気はないという。


この仙台の中心街から車で30分足らず。
海に沿うように仙台市を縦に貫く仙台東部有料道路。
その高架を抜けると、風景は一変します。


120706yuriage04.jpg


どこまでも広がる平原…
何も知らずに来たら、まるで造成中の土地のよう。。。

高速道路の盛土が津波を押しとどめる役目をしたという。

近づくと、草の影に家の土台が残っているのが見えて
そこにはかつて、人の暮らしがあった場所だということに気づく。


120706yuriage01.jpg

ここは、震災前は住宅街だったところ。
でも見渡す限り何も無い。
何度目を凝らしてその状況を頭に浸透させようとしても
すぐ目の前の現実なのに現実ということを頭がなかなか認識できず
まるで夢の中にいるようでした。


伯父や伯母の話によると、以前は目を向けられないほど
がれきや車や船や…たくさんのものが散乱していたという。
今はとてもきれいに片付けられて
ところどころにがれきの山がぽつんぽつんとあって
そこに数台ずつ、ダンプやショベルが作業している以外は
家影はもちろん人影も何もない。

1年と4ヶ月。
傷跡をかくすように夏草が優しく茂って
シロツメクサや月見草や荒れ地特有の雑草が花を咲かせていましたが
そこはまるで
時間が止まってしまって
そのまま忘れられてしまった場所のようでした。

いったいどれだけの時間とお金をかけたら元に戻るんだろうか…

今回訪れた被災地の様子はまた改めて掲載したいと思っています。
何だかまだうまく言葉にすることができません。。。




祖母と伯父伯母が暮らしているのは
仙台市でも山側の新興住宅地で
一見すると、中心街でも感じたように
震災があったことに気づかないほど普通の暮らしに戻っていました。

でも数日そこにいると
もう1年半にもなろうというのに
消えない傷がそこかしこにあることに気づかされます。
傷痕は、崩れたままブルーシートをかけられた斜面とか傾いた家とか、
目に見えるものだけではありませんでした。
それは放射能という存在。
福島から遠く離れた愛知県に住んでいる私たちが想像しているよりたぶんずっと
見えない放射能の存在は生活の中で大きな位置を占めていました。

伯父たちの住む住宅地では
小さな子どものいる家族の多くは他県へ引越してしまったという。
近くの山にたくさんのわらびの葉を見つけてはしゃぐ私に
町内会の決まりで、山で採れる山菜やキノコは
採って食べたりあげたりしてはいけないことになっているという。
仙台へ来てすぐに食べたくて入ったずんだ餅を売るお店では
「うちは宮城の米を使っていないから安心してください」といわれ
地元の人には、
「遠方からこちらに来てくれた人に食べ物や土産物を渡しても駅で捨てられてしまう」という
どこまでが本当でどこまでが都市伝説か分からない話も聞いた。

愛知県にいると、今はスーパーでは関東東北の農産物はほとんど見かけない。
売る側がもう排除して店に出しているからだと思うけれど
私たちがふだんあまり気にしなくても大丈夫なようになっている…

目に見えず、何が正しい情報かも分からない放射能という存在。
その存在を身近に感じて暮らす毎日。。。

うまく言葉にできなくてもどかしい。
でもこんなのやっぱり間違ってる。


* * * *

大飯原発が再稼働して
節電目標が緩和された。

原発云々の前に
このエネルギー無駄遣いの流れを変えるためにも
そのまま節電の努力を続ければいいんじゃないのか、とさえ思う。
だって、冷房がんがんかけて、
そこで長袖やネクタイやカーディガン着て過ごしてるなんて
おかしいよ。

そして8月の終わりまでに原発依存が0%か15%か、20~25%かが決められてしまう。
政府はパブリックコメントや意見聴取会を行うというけれど
それがどこまで反映されるのか分からない。

原発再稼働で地震や津波などの災害の安全性のことが話題になるけれど
事故が起きる起きない以前に
電気をつくる時点でたくさんの被ばくのリスクがあることを忘れちゃいけない。
たとえば安全のために定期的に行われる検査では作業員のみなさんが被ばくする。
(私たちの地元にある浜岡原発では、実際に定期点検の被ばくによる白血病で亡くなった作業員の方もいる)
原料のウランを掘る時だって同じだ。
もちろん人の命に関わる危険な仕事はほかにもたくさんあるけれど
私たちはそういう犠牲の上でつくられた電気を使うことになる。
それを忘れちゃいけない。


…やっぱり
誰かが被ばくしないとできない電気を使ってるって
間違ってるよ。おかしいよ。そう思わない?

声をあげるのすごく怖い。
けど、勇気出して今声を出さないとって思うんだ。


参考:
中国新聞「被曝と人間」

国家戦略室の「エネルギー・環境会議」
話そう エネルギーと環境のみらい
 →パブリックコメントについて(7/31まで)
 →意見聴取会 名古屋は今日7/11〆切

さよなら原発1000万人署名 オンライン署名できます。賛同の方はぜひ。
*通販生活「さようなら原発1000万人署名」に賛同した"脱原発国会議員"はこの人たちです。



*私も参加しています*
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*うまくまとめられず、とりとめなく長くてすみません。。。
ここまで読んでくださったあなた、本当にありがとう。


camera: Nikon D5000 + VEB Carl Zeiss Jena Flektogon 35mm F2.8    *degi
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COMMENT

f.l.cloverサン、おかえりなさい^^
おばあさまやご親戚の皆さまとゆっくり過ごせましたか?

お写真拝見しました。
一番町商店街、懐かしい~^^
でもホント写真を見る限り人通りが少ないような・・・
(ああ、せめて時間帯や曜日のせいだと思いたい~w)

f.l.cloverサン、沿岸部にも足を運んでくださったんですね。
報道で何度も目にしていたとは思いますが、実際に見てみると
全く別の感情が芽生えたのではないでしょうか?

造成地・・・うんうん、そんな風に見えますよね。
でもそこには住宅が立ち並び、沢山の人々の暮らしがあった場所なんです。
ワタシの故郷も写真と同じように何もなくなり、今ではひっそりと静まりかえっています。
大切な思い出の詰まった場所なのに、このままだと最初から何も無かったかのように
人々の記憶から消えてしまいそう・・・。
事実、津波で被害を受けた叔母の家はストリートビューで見れなくなってしまいました。
なんだかやるせないですね・・・。

原発問題だって何一つ解決していないのに、結局大飯は再稼動。
確かに原発が動かないと生計が成り立たない人達がいることもわかりますけど、
ワタシはただ第2のフクシマだけは作ってはいけないと思うんです。
関東沖だって東海沖だって大地震が起きる確率は日に日に上がってるのに、
結局今さえよければいいんでしょうか?

「当事者になってみないとわからないんだよ」
そうつぶやいた福島の伯父の顔が忘れられません。

自然の猛威はどうすることも出来ないかもしれないけど、
二次的災害を未然に防ぐことは不可能なことじゃない。
その事をひとりひとりが考えるべきですよね。

ああ、またダラダラと思いのまま書き連ねてしまってごめんなさい。。。(A-ェ-:)。。。
次はもう少し楽しいコメ残しますね(;^ω^)

| tomochi | 2012/07/11 19:42 | URL | ≫ EDIT

■tomochiさん

ただいまー^^
あっという間の4日間だったけど
祖母や伯父叔母ともいろいろ話をしてゆっくりできたし
見たかった仙台の街や、沿岸部へも行けたし
とても充実した時間を過ごせました。

一番町商店街、やっぱりこれで人が少ないんですね。
平日の昼間で、すごくにぎやかに思えたんだけど
本当はもっと他県からのお客様でいつもにぎわっているんだね。


うんうん。。。本当にtomochiさんのおっしゃるとおりです。。。
この一番町から、車で仙台の若林区・名取の閖上地区・仙台空港付近へ連れて行っていただきました。
実際に行ってみて本当によかったと思う。。。
直後の惨状を目にしておくことも必要だったかもしれないけれど
この、一年4ヶ月経った光景は
想像していなかった感情を芽生えさせました。

ナンだろう、この感情は・・・
とても静かでどこまでも見渡す限りきれいに何も無い光景…

そこにあったはずのものが跡形も無くなっている
うまくなじめない、でも現実の景色。
どうやってうめていいかわからない
途方に暮れそうにとてつもなく大きな空白。
ただそこに立ち尽くすしか無い虚無感。

あまりに何もかもが無くなって
震災や津波があったことも、そこにたくさんの人が暮らし生きていたことも
そういうことまで「無かったこと」にされてしまいそうな
そんなおそろしさを持った空白でした。

「無」というものがこんなにも心もとなく畏れ多く悲しいなんて。
それを目の前にして生きていかなくちゃならない地元の人たち。。。
なんて大変なことなんだろう…って改めて感じました。。。

帰ってからずっと、
何をしていても何を見ても何を考えていても
私の頭の中に
夏草が風にそよぐ、この何も無い光景が広がっています。

仙台の様子や、沿岸部の様子は
またゆっくり写真や記事にしてたびたびアップしようと思っています。

原発もね、tomochiさんの書いていることとまったく同じことを私も思います。
原発が無くなって暮らしが立ち行かなくなる人たちや
節電でいのちに関わる被害を受ける人は
優先してなんとかフォローしなくてはならない、それは大前提として
でも、原発に依存しなくてはならない今のシステムを変えなくてはいけないと思う。
おじさんの言葉、胸に沁みます。。。そうなんだよね。。。

tomochiさんの思い、書いてくれてありがとう…!!
すごく気持ちが伝わって来て、私も何度も頷いたよー
私も言葉でうまくまとめられなくてだらだら書いて
でも気持ちのすべてはうまく書けなくて…

でもちょっとでも言葉にできるところからしていけたら
こうして気持ちを共有したり、
周りの人がどんなふうに感じたり考えたりしているか知ることができて、
やっぱり大切だなって思ったよー
たとえそれが同じ考え方であってもちがう考え方であってもね。

またこういう言いにくいことも書きにくいことも
それから楽しいことも面白いことも
いろいろ話をしていけるとうれしいな♪♪
tomochiさん、本当にありがとう.+*

| f.l.clover | 2012/07/11 22:21 | URL | ≫ EDIT















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