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お盆 /8.11

DSC_1977.jpg


お盆休みが始まりましたね。
写真は、飛騨古川の「三嶋和ろうそく店」の店先です。


120731hidafurukawa05d03.jpg

こうやって一本ずつ手作りしている作業風景を店先で見せていただくことができます。


子どもの頃、とても好きだった童話に「赤いろうそくと人魚」というのがありました。
お話の内容は、幼ごころにもとても切なくて悲しくて怖いものでしたが
挿し絵の美しさがとても印象的で
特にその中に登場する、芯が太くて肩が張って根元が細い、
赤い和ろうそくの絵が心に残っていて
いつか本物の和ろうそくを手にしてみたいなあと思っていました。

今回飛騨古川に行って、念願の和ろうそくを初めて手にしました。
形や色がシンプルでいてとても美しく、
手作りだからこそのひとつひとつのフォルムや感触の違いが
とても優しく温かい感じがします。

赤いろうそくは、おめでたいことがあったときや
お盆・お彼岸などの行事で使うそうです。
早速このお盆に赤いろうそくを灯そうと思っています。

120811warosoku.jpg

* * * *

*私も参加しています*
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被災地も二度目のお盆を迎えますね。

うまく言葉にする自信がありませんが
先日訪れた、仙台市周辺の沿岸部の様子をまとめてみます。

* * * *

私が通ったルートは、地図の薄紫色の線です。
家のマークは仮設住宅のある場所、黄色い線は津波で被害を受けたエリアです。
(水色の線は市境を示しています。上から仙台市・名取市・岩沼市です。)

地図の左上(A)が仙台駅で、駅前から車で沿岸部へ向かいました。

120706sendaimap.jpg


■仙台市若林地区(地図B地点の周辺)

仙台駅周辺は、
よく見ると道がひずんでいたり、
斜面や屋根にブルーシートがかけてあったりする場所があるのですが
ぱっと見ただけではもうすっかりふだん通りの暮らしと町並みで
「よかったなあ」と胸を撫で下ろす雰囲気でした。
ところが車をしばらく走らせて若林区に入り、
仙台東部自動車道(緑の道)を抜けると、景色が一変。。。
海岸まですっかり見通せるくらい、何もありません。

120706wakabayashi02.jpg


時々、遠くに所々家があってほっとするのもつかの間、
近づいてみると、家の一階はのきなみ津波にさらわれてがらんどう、
残っている多くの家は板で塞がれ、とうてい再び住める状況では無いように見えました。

120706wakabayashi03.jpg

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この日も瓦礫の撤去をしていました。
伯父たちによると、この一年半でずいぶん、瓦礫や車・船などの撤去や更地化が進んだそうです。


■名取市閖上地区(地図CD地点の周辺)

海沿いを南下して被害の大きかった閖上地区へ。
住宅が並んで、市場もあって、とてもにぎやかな港町だったそうですが
家の土台を残すのみで何もありません。

120706yuriage03.jpg


120706yuriage06.jpg

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閖上地区唯一の高台だった日和山。
津波はこの山も越えたそうです。
今は鎮魂の丘として慰霊碑が建てられ、
この日もお参りをしている方がいらっしゃいました。


120706yuriage_sasanao.jpg

先日も通販で笹かまを購入した「佐々直」さんの閖上地区の工場。
一階はすっかり流されています。
佐々直の社長さんが震災直後のようすを映像にしてアップしてくださっていますが
そこからすると、本当にきれいに瓦礫が片付けられています。
作業に当たった方々に頭が下がります。。。

120706yuriage02.jpg

瓦礫の山を少しずつ少しずつ片付けていました。

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*これが震災前の閖上地区の様子です。

震災前閖上地区

震災後はたくさんあった住宅が跡形もなくなりました。

震災前閖上地区after


■仙台空港周辺(名取市・岩沼市 地図EF地点周辺です)

テレビのニュースで滑走路にどんどん水が押し寄せて
飛行機や車が流されている様子を震えながら見たのを思い出しました。
空港自体はとてもきれいになっていました。
米軍が物資輸送や救援のためにいちはやく直してくれたのだそうです。

120706sendaiairport01.jpg

向こうに見えるのが管制塔。
空港の建物だけがぴかぴかにきれいに戻っていますが
周辺は津波の爪痕が痛々しかったです。。。


120706natori01.jpg

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津波に耐えて残っているのはみな、立派な真新しい家ばかりでした。
でもどの家も一階は見事に破壊されていてカメラを向ける気持ちになれませんでした。


いったい復興にはどれだけの時間がかかるんだろう…
気が遠くなる思いになるとともに
自分の故郷が、自分の生活の場が、
こんなに大変な状況になっても
それを毎日目にしながら
前を向いて生きて行かなければならないということは
どれだけ控えめに表現しても、並大抵のことではないと感じました。
そしてそれでも前を向いて進んでいる現地の人たちの力強さに
本当に頭が下がる思いになりました。

瓦礫や津波の爪痕はどんどんきれいに片付けられて無くなって行くけれど、
そこにあった人々の暮らしや震災や津波の大きな被害は
「無かったこと」にしてはいけないんだと強く思いました。



…カメラを向ける前には手を合わせて祈りを捧げました。
デジカメで撮っていたのですが、途中何カ所かで
シャッターを切ろうとしてもどうしてもシャッターが下りない、という状態になりました。
きっと持主が「ここは撮らないで」って言っているんだなあと感じました。。。

写真に撮ることやこうしてアップすることは
いいんだろうか、許されるんだろうか、誰かを傷つけることにならないだろうか…
そう悩む気持ちがありましたが
まだ現地へ行ったことの無い方へ少しでも伝えられたらとアップすることにしました。

復興にはまだまだ長い長い時間がかかると思いますが
被災した土地や人たちが、また元のように、元以上に活気を取り戻すまで
ずっと忘れず、少しずつでも支援を続けたいと思います。

東日本へ出かけてみたり、
東日本産の物を買ってみたり、
そういうのも大事な支援になると思います。
東日本には素敵な場所や文化がたくさんあります!
美味しいものもたくさんあります!!
みなさんもぜひ、機会がありましたら、
遊びに行ったり買い物をしたりしてみてくださいね♪


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| その他 | 20:23 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

こんにちは^^
お盆休みいかがお過ごしですか?

ロウソクきれいですね~。
紅白の色使いと形に日本の美を感じます。
こういう日本古来の伝統工芸を後世までずっと残していってほしいなぁ。。。

仙台の沿岸部の写真の公開、ありがとうございます。
ワタシも去年のGWにほぼ同じルートを通って帰省しました。
瓦礫で溢れかえっていた被災地の状況を見るのも辛かったけど、
瓦礫を撤去して何も無くなってしまった町の様子を見るのも
やっぱり辛いものがありますね・・・。
f.l.cloverサンのおっしゃるとおり、復興にはまだまだ時間が掛かることでしょう。
でも戦後の日本が復活して今があるように、東北もきっと震災前の輝きを取り戻してくれると信じてます。
そしてその日が一日も早く訪れるよう、今出来ることをやり続けていこうと思ってます^^









| tomochi | 2012/08/11 23:23 | URL | ≫ EDIT

■tomochiさん♪

tomochiさん、こんにちは^^
今月もメッセージをありがとうございます.+*
お盆休みは今年は比較的のんびりできています♪
甥っ子ちゃんが実家にやってくるので会いに行ってきますよー
楽しみです!

和ろうそく、素敵でしょう?
飛騨古川のは紅白のシンプルなものですが
土地によってはきれいな花の絵が描いてあったりするみたいです。
ハゼノキの実から採れた鑞と和紙の芯、オール天然素材&手作りのろうそく。
つくるのにもとっても手間がかかるみたい。
飛騨古川の町でも、つくっているのはこの三嶋ろうそく店だけになってしまっているんですって。
伝統を次の時代に伝えて行くこと、それを引き継ぐことって
とっても大変だと思うのですが、ずっと残していってほしいですね。
そのためにも、できるだけ私たちが、そういうものに関心をもって、購入したり使ったりしないといけないですね。

仙台、tomochiさんも同じルート通ったんですね。。。
そっかぁ、tomochiさんが帰ったあのころ、まだ瓦礫で溢れ帰っていたんだ…

瓦礫が無くなってきれいになっているということは
前に進んでいるんだと明るい気持ちでとらえたい反面
何も無い光景もまた本当に辛くて
草がたくさん生えた更地は、そこから進んでいないような印象を与えて…
「都心部のようには力を入れて復興作業をしてくれていない」
と言った伯父お言葉が胸に刺さりました。
確かに、これが東京だったら
きっと一年半足らずで家やビルが建ち並ぶくらい急ピッチで復興作業を進めていたんじゃないかという気もします。。。

でもゆっくりでもしっかりとまたこの土地が元の輝きを取り戻してくれるよう
私もずっと見守りながらできることを続けて行こうと思います。
継続は力なり!
いっしょに応援していきましょうねー◎


| f.l.clover | 2012/08/12 10:38 | URL | ≫ EDIT

クローバちんが、胸を痛めながらカメラを向ける姿が心に浮かびます。

うまく言葉にできないけど、
この光景を見せてくれてありがとうね。
う~ん・・・お礼をいうのは不謹慎にとられることもあるのかもしれないけど、知っておくべきだと思うし、
目をそらしちゃいけないんだよね。

またいろいろ、直接話し聞きたいな。

| aqua | 2012/08/25 18:35 | URL | ≫ EDIT

■aquaちん

aquaちん、この記事に目を向けてくれて
ちゃんと見てくれて
コメントまで残してくれて
ほんとにほんとにありがとう・・・!!
aquaちんの言葉に、私も背中を押された気がして勇気が出たよ。
また会ったとき、話聞いてもらえるとうれしいな♪

素敵な心のこもった言葉ありがとね。
・・・いつもどんな立場の人へも
公平に優しさと気遣いを忘れないaquaちんの姿勢、
毎回本当にはっとさせられて、見倣いたいなあって心から思うよー.+*

| f.l.clover | 2012/08/27 21:40 | URL | ≫ EDIT















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