記憶が薄れていくのは人なら当然のこと。
当事者でないならなお。
それでも
忘れまいと、心と頭を蹴り続けることも大事だと思う。
自分にそう言い聞かせる。
3月11日という節目を迎えるあたりになると
テレビなどメディアでの東日本大震災の報道が格段に増える。
地元の市役所にお勤めの方に伺ったのだけれど
この時期、メディアへの対応業務が急増するそうだ。
もちろん、地元のみなさんは、大変な中でも
できるかぎりたくさんの人に自分たちの現状を伝えようと
一生懸命それらに対応している。
山積みになっている通常の復興対策の業務をこなしながら…
遠く離れてなかなかその地の様子を知ることができない私たちにとって
メディアを通して知ることができる情報も多い。
日頃薄れている記憶も、この節目のさまざまな報道で呼び覚ますことができる。
でも
日頃からも常に心の片隅にこの出来事の記憶を置いておいて
今、何が望まれているのかを慮りながら
ある時には手を差し伸べ、ある時にはそっと見守ること。
それも、心を寄り添わせる、ということなんだろうと思う。
二年という月日は
とても重い。
あの日からずっと時間が止まっている人だっているだろう。
必死に前を向いて走って来た人も息が切れる時期でもあるだろう。
二年もの間、仮設の住宅で仮の生活を続ける、ということが
どんなに大変なことか。想像すると余りある。
二年経っても、町の移転計画が実行された箇所はない。
フクシマの原発も然り。問題は山積みのまま。
半年前に東北を訪れて感じたのは
復興に向かって進んでいる箇所とそうでない箇所の
格差が大きくなっている、ということだった。
仕事や暮らしが前に向かって進んでいる人たちと
思うように進まない人たち。
場所によっては道をはさんで向こうとこっちで全く違う。
その格差が無くなって誰もが元のような穏やかな暮らしに戻れる日まで。。。
本当の復興までにはまだまだ長い時間がかかるんだろう。
数年単位でなく、十年、二十年という単位の長い目で復興を考えるように
切り替えることも必要なんだろう。
その一方で
巨額な費用を伴う公共投資ばかりでなく、
ひとりひとりの生活の再建に向けて、
大きな支援をもっと政府にも考えてほしいと思う。
そして三年目に入る今、
自分にできる支援の形をもう一度考えようと思う。
少しずつでもずっと続けて行けることを。
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